世田谷・豪徳寺・桜新町の御朱印(松陰神社・世田谷八幡宮・豪徳寺・久冨稲荷神社・桜神宮)




このページでは東京都世田谷区の松陰神社・世田谷八幡宮・豪徳寺・久冨稲荷神社・桜神宮の御朱印をご紹介しています。

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松陰神社 東京都世田谷区

松陰神社の御朱印

【概略】

座地にはかつて長州藩主の別邸があった。松陰が安政の大獄で刑死した4年後の文久3年(1863年)、高杉晋作など松陰の門人によって小塚原の回向院にあった松陰の墓が当地に改葬された。明治15年(1882年)11月21日、門下の人々によって墓の側に松陰を祀る神社が創建された。

国士舘大学の隣に鎮座します。世田谷線の駅から松陰神社商店街が続きますが、昭和の香りがしてなかなか良い雰囲気です。境内脇に専用駐車場があります。御朱印は授与所にていただきました。

【祭神】

吉田寅次郎藤原矩方命(吉田松陰)

【鎮座地】

東京都世田谷区若林4丁目35-1

世田谷八幡宮 東京都世田谷区

世田谷八幡宮の御朱印

【概略】

寛治5年(1091年)後三年の役(1083〜87)の帰途、源義家が豊前国の宇佐八幡宮の分霊をこの地に勧請し祀った。境内には土俵があるがこれはかつて奉納相撲により来年の豊作・凶作を占っていたことによる。

境内向かいの専用駐車場を利用しました。御朱印は授与所にていただきました。豪徳寺が近くにあります。

【祭神】

八幡大神(応神天皇)、仲哀天皇、神功皇后

【鎮座地】

東京都世田谷区宮坂一丁目26番3号

 豪徳寺 東京都世田谷区

豪徳寺の御朱印

【概略】

鎌倉・室町期には武蔵吉良氏が居館とし、天正18年(1590年)の小田原征伐で廃城となった世田谷城の主要部だったと場所に立つ。文明12年(1480年)、世田谷城主吉良政忠が伯母で頼高の娘である弘徳院のために「弘徳院」と称する庵を結んだ。当初は臨済宗に属していたが、天正12年(1584年)曹洞宗に転じる。寛永10年(1633年)彦根藩主井伊直孝が井伊氏の菩提寺として伽藍を創建し整備した。寺号は直孝の戒名である「久昌院殿豪徳天英居士」による。一説には招き猫発祥の地と言われる。

専用駐車場利用。御朱印は納経所にていただきました。

【名称】

大谿山豪徳寺 曹洞宗 (元は臨済宗)

【場所】

東京都世田谷区豪徳寺二丁目24番7号

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久冨稲荷神社 東京都世田谷区

久冨稲荷神社の御朱印

【概略】

創建年代は不詳だが、400年以上前に京都の伏見稲荷大社より勧進され、地域の鎮守とされてきた。アニメの「ぎんぎつね」の舞台とされる。

田園都市線の桜新町駅から歩いて数分です。御朱印は社務所にていただきました。

【祭神】

大宮女命、食稲魂命、猿田彦命

【鎮座地】

世田谷区新町2-17-1

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桜神宮 東京都世田谷区

桜神宮の御朱印

【概略】

明治16年創設の新設の宗教で古式神道と名乗っており、神社庁配下の「神社」ではない。他の神社の宮司さんから「あそこは・・・」と言われたのでここの御朱印帳を出さない方がいいかもしれません。

田園都市線桜新町駅から徒歩で行きました。御朱印は授与所にておただきました。

【鎮座地】

東京都世田谷区新町3丁目21−3

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弦巻神社 東京都世田谷区

【概略】

弦巻にあった八幡社、天神社、稲荷社を明治41年に稲荷社の地(当地)に合祀して、明治41年弦巻神社と称した。

写真と撮ったのでアップしておきます。無人なので御朱印はいただいていません。

【祭神】

宇迦之御魂神、応神天皇、菅原道真公

【鎮座地】

世田谷区弦巻3-18-22

世田谷・豪徳寺・桜新町御朱印MAP

世田谷区観光スポット ~ 楽天たびノート

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ABOUTこの記事をかいた人

まことのすけ

ドライブと温泉が好きな歴史ヲタ。2012年に御朱印と出会ってから旅行の頻度がさらに上がってしまいました。運動不足で体力がほとんどないので車でできるだけ近くまで乗り付けるのをモットーにしています。