蓮華王院三十三間堂・法住寺の御朱印 京都市東山区

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このページでは京都市東山区の蓮華王院三十三間堂・法住寺の御朱印をご紹介しています。

蓮華王院三十三間堂 京都市東山区

蓮華王院三十三間堂の御朱印

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オリジナル御朱印帳

【三十三間堂概略】

京都市東山区にある天台宗妙法院の境外仏堂であり、同院が所有・管理している。元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂で、本尊は千手観音。堂内中央にこの丈六坐像の本尊をまつり、左右の内陣にはそれぞれ十段の階段に50体ずつの千手観音立像、計千体が並ぶ。上皇が平清盛に建立の資材協力を命じて旧暦の長寛2年12月17日(西暦1165年1月30日)に完成した。江戸時代には各藩の弓術家により本堂西軒下(長さ約121m)で矢を射る「通し矢」の舞台となった。応仁の乱で焼けなかったため京都市街で最も古い建築物の一つ。

市バス博物館三十三間堂前で下車しました。本堂内に納経所があります。オリジナル御朱印帳を購入しました。ほとんど朝一番に入りましたので観光客がほとんどなく拝観できました。

【名称】

蓮華王院本堂(通称:三十三間堂) 妙法院の一部

天台宗 本尊:千手観音 洛陽三十三観音第17番

【所在地】

京都市東山区三十三間堂廻町657

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法住寺 京都市東山区

本尊身代わり不動尊の御朱印

南無阿弥陀仏の御朱印

後白河院の御朱印

忠臣蔵の御朱印

【法住寺概略】

平安時代中期に藤原為光によって創設された寺であるが、後白河院の宮廷「法住寺殿」としての方が有名。木曽義仲によって焼き討ちされた「法住寺合戦」の舞台としても知られる。(武士が治天の君を直接攻撃した一番初めの合戦)鎌倉時代以降は後白河天皇の御陵をまもる寺として長く存続した。明治に入って寺と御陵が分離された。親鸞が自分の姿を刻んだという「そば食い像」と呼ばれる木像が安置されている。

朝早く行きましたので拝観時間の前でしたので、となりの養源院を拝観してから再訪しました。御朱印は上記4種類ありましたが御詠歌もいただけるようです。またオリジナル御朱印帳もあるようですが気が付きませんでした。今度行ったときに購入したいと思います。

【名称】

後白河法皇御所聖跡 天台宗 法住寺 本尊:不動明王

【所在地】

京都府京都市東山区法住寺三十三間堂廻り町655

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ABOUTこの記事をかいた人

ドライブと温泉好きの歴史オタ。2012年に御朱印と出会ってから旅行の頻度がさらに上がってしまいました。運動不足で体力がほとんどないので車でできるだけ近くまで乗り付けるのをモットーにしています。 お問い合わせは mako_pee☆excite.co.jp(☆を@に変えてください)まで。