三十三間堂周辺の御朱印 京都市東山区




このページでは京都市東山区の三十三間堂、京都国立博物館を中心としたエリアにある寺社の御朱印をご紹介しています。

おすすめの参拝順路

JR京都駅から三十三間堂までバスというのが一般的ですが、最近特に混雑が激しく思いのほか時間がかかったりします。

おすすめは京都駅から三十三間堂まで徒歩というルートで、道中は平坦ですし、京都の街並みを見物しながらですので、それほど苦にならずに歩けます。

三十三間堂からは向かいの法住寺・養源院、さらに少し歩くと智積院に行けます。新日吉神宮は智積院の裏ですが近道はありませんので、正面に戻って坂道を登ってください。

参拝したら、そこから坂を降りて、京都国立博物館の向こうに豊国神社に向かいます。

豊国神社からさらに祇園方面に上がると六波羅蜜寺まですぐです。

⇒ 建仁寺・六波羅蜜寺周辺の御朱印 京都市東山区

三十三間堂まで徒歩がつらいという方はJR奈良線に乗って次の「東福寺」駅で京阪に乗り換えて「七条」駅で降りる手があります。

乗り換えが少し面倒くさいように思えますが、「東福寺」駅の乗り換えはスムースに行くように工夫されています。また新幹線の切符で追加料金なしで「東福寺」駅までは行けますのでが、金銭的にはバスと変わりありません。四条・三条などへ行くときも使えるルートですので覚えておいて損はありません。

蓮華王院(三十三間堂) 京都市東山区

元は後白河上皇が自身の離宮内に創建した仏堂。上皇が平清盛に建立の資材協力を命じた。

本尊は千手観音。堂内中央にこの丈六坐像の本尊をまつり、左右の内陣にはそれぞれ十段の階段に50体ずつの千手観音立像、計千体が並ぶ。江戸時代には各藩の弓術家により本堂西軒下(長さ約121m)で矢を射る「通し矢」の舞台となった。

応仁の乱で焼けなかったため京都市街で最も古い建築物の一つ。

市バス博物館三十三間堂前で下車。最近は道も混んでいるので京都駅から歩けない距離ではない。ほとんど朝一番に入りましたので観光客がほとんどなく拝観できました。

蓮華王院三十三間堂の御朱印

オリジナル御朱印帳

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法住寺 京都市東山区

後白河院の宮廷「法住寺殿」として有名。木曽義仲によって焼き討ちされた「法住寺合戦」の舞台としても知られる。(武士が治天の君を直接攻撃した一番初めの合戦)

鎌倉時代以降は後白河天皇の御陵をまもる寺として長く存続した。明治に入って寺と御陵が分離された。親鸞が自分の姿を刻んだという「そば食い像」と呼ばれる木像が安置されている。

三十三間堂の向かいにあります。

本尊身代わり不動尊の御朱印

南無阿弥陀仏の御朱印

後白河院の御朱印

忠臣蔵の御朱印

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養源院 京都市東山区

淀殿が父浅井長政追善のために創建した。焼失の後、伏見城の遺構を移して再建した。廊下の天井は伏見城落城の際に自刃した武将の血のりが付いた板を使っているため「血天井」と呼ばれる。

重要文化財の俵屋宗達の描いた襖絵などを拝観できる。

養源院の御朱印

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智積院 京都市東山区

真言宗智山派の総本山。もとは根来山大伝法院の塔頭であったが、豊臣秀吉による根来攻めにより全山炎上の後、慶長6年(1601年)に再興された。

拝観料なしで庭園等を拝観することができます。宝物館(有料)では、長谷川等伯一門による金碧障壁画ほか、多数の文化財を見ることができる。

真言宗十八本山第七番の御朱印

近畿三十六不動尊第二十番の御朱印

京都十三仏霊場第一番の御朱印

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新日吉神宮 京都市東山区

1160年(永暦元年)後白河上皇の命により、院の御所である法住寺殿の鎮守社として創建された。1958年(昭和33年)後白河天皇を増祀し、翌1959年(昭和34年)に神社名を現在の新日吉神宮と改めた。

智積院のとなりにありますが、坂道を歩いて行くひつようがあります。少ししんどかったです。

新日吉神宮の御朱印

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豊国神社 京都市東山区

慶長4年(1599年)秀吉を「豊国大明神」として祀るが、豊臣氏が滅亡後に徳川幕府の命により廃祀された。 明治元年(1868年)明治天皇が豊国神社再興を命じ、明治6年(1873年)には、別格官幣社に列した。

豊国神社の御朱印

 

オリジナル御朱印帳

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ABOUTこの記事をかいた人

まことのすけ

ドライブと温泉が好きな歴史ヲタ。2012年に御朱印と出会ってから旅行の頻度がさらに上がってしまいました。運動不足で体力がほとんどないので車でできるだけ近くまで乗り付けるのをモットーにしています。